2013/03/15 18:20 〈宇〉>>
こんにちは。那覇は牧志の市場中央通りよりお便りさしあげます。本当は昨日の夜に書くつもりだったのですが、思いがけない人に行き会って帰るのが遅くなりました。
座敷での会合が終わって席を立ったら、カウンターに座っていたその人に呼び止められました。先輩を置いて帰るのか、とすごまれたので1杯だけつきあうことにしました。
青い着物に、足元は黒いニューバランス。秋に会ったときは黒いスーツにニューバランスでした。春で81歳になる先輩です。
「くつ、かっこいいですね」
「おろかな!」
いきなり一喝されました。
「文明に迎合してやむをえずはいているんだ。昔は裸足だった」
「くつしたもはいて」
「ウフフ」
今度は笑いくずれています。サッカー部の中学生のように白くて厚いスポーツソックスが恥ずかしいのでしょうか。
こぼしながら、盃に何度もつぎたしてくれます。「南光」の古酒だそうです。
「首里の士族が飲んだ酒だ」
沖縄の復帰や独立についての論をなし、大御所に盾つくことも怖れない人です。話しながら手をかざし、指を広げ、遠くを指し、なにかを空気中につくっているかのようです。つくり終えないうちにまた次の話。話題はどんどん切り刻まれて、飛んでいきます。
「あなたは何をしに沖縄に来た」
「……」
「こうして僕に会うためだ」
どんどん顔が近づいてきます。黒縁のめがねの奥にある瞳を初めて見ました。グレーから水色に近いくらい、薄い色でした。
「いつまでも外人みたいな文章を書いているんじゃない」
どきっとしました。
「外人?」
この人は私の文章を読んだことがあるのだろうか。外人とは、なんだろうか。宮古に生まれて首里に出て、鹿児島にも暮らしたこの人にとって、外国語とはなんだろう。
お芝居のようにとうとうと語りは続いて、私のほうを向いてはいるけれど「あなた」はもはや私を指してはいないのだろうと思ったころ、店の人が急に
「朝まであと4時間半です」
と割って入り、舞台は終わりました。外に出ます。
「君は自転車か!」
「はい」
「いいか、自転車に乗っていて田んぼに落ち、それがもとで死んだ小説家がいる。もう乗ってはいけない。乗るな」
「はい」
手を握って別れて、自転車は押して帰りました。
今日は朝からその人の小さな本を机に置いて、片仮名に置きかえられた宮古のことばを読んでいます。話すときにはあんなに手を振りまわしていたのに、書かれたものはきちんと一本の線になっています。宮古、加計呂麻、アイルランド、あちこちの島から声が聞こえてくるような、不思議な本です。
19時になったら自転車で帰ります。それではまた。