焚火社 ISSUE#06
杉林恭雄『一番星のしずくみたいだ』発売記念インタビュー 1/2

<STORY 1>
 2020年という年がいったい何だったか……。さまざまな人々のそれぞれの身に、大小の空白や穴や喪失を、かたちを変えて世界中で生んだはずである。そのことについてここで語り合うことは到底できない。が、せめて僕がよく知るひとりの音楽家に起こったことを記しておこうと思う。

 メールの記録を見るとそれは2020年8月29日のこと。送信者は、母上のご逝去と自身の音源ができあがったことを同時に告げ、録音されたデータを同梱していた。
 筆者は、そのメールに長いこと返信できずにいた。母上のご逝去にはお悔やみを申し上げたがそれが精一杯で、せっかく送ってもらった彼の歌を聴いても――むしろそれがすばらしければすばらしいほど――相応しい感想など述べようもなかった。3日過ぎ、1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、やがて2ヶ月が経とうとしたときにようやく返事を書くことができた。
「コレで1枚つくれちゃいますね!」
「実は手作り感満載で後は業社にプレスを頼むところまで来ています」
こんなやりとりが10月下旬に行われ、ひと夏を越えてもまだしきりに「コロナ禍」というワードが合言葉のように行き交うなか、久しぶりに会った音楽家は出来上がったCDを手渡ししてくれた。

*ことのはじめ。
 2017年だったか18年だったか、杉林さんが下北沢leteで<ひとりQujila>のライヴを行なったときだったと思う。
「ガットギターが聴こえてきた」。
筆者は音楽家にそんな感想を告げた。彼は「へえ」と言い、その後、焚火社参加者でもある黒田英明くんからガットギターを借り受けた。
「でもそのときはしっくりこなかったんだよ」。音楽家がそう言った。
しかしながら「ガットギター」というキーワードは杉林さんの中のどこかに残っていたのかも知れない。
 母上の体調がすぐれなくなり、2019年から今年にかけて東京と名古屋の実家を往復する生活が始まった。偶然にも実家には、母上の女学校時代の親友が亡くなったときに形見分けとしてもらってきたガットギターが置いてあった。
「とくべついいギターってわけじゃないんだけど、すごくいい音しててさ。で、こういうのもいいなぁって思ってたんだよね」。
 2020年、世の中に「コロナ」や「密」とか言う用語がまだ聞こえていなかった2月、阿佐ヶ谷『ハーネス』という小さなライヴハウスで<杉林恭雄>名義の弾き語りライヴが行われた。小さなスナックを改装したような、なかなかいい雰囲気の店内のカウンター席で聴いた歌とギターと、そこで観た音楽家の姿は僕につよい印象を与えた。当日のパフォーマンスについてツイッターに「手を合わせたくなるほどありがたい」と投稿したほどだ。
「これね、やっぱり弾き語りで1枚つくったほうがいいよ。それ用に曲を書いてさ」。
筆者はその日の興奮を、音楽家の新作を期待しながらそんなふうに伝えた。
 例年になく暖かだったその冬、世界共通語となったひとつの新型ウイルスが人々の生活様式を一変させた。そしてそれとはべつに、音楽家は母上との最期の時間を過ごし始め、実家のガットギターと、東京で新調したガットギターの2本を爪弾きながら歌をつくり続けた。
 こうしたはじまりがあって、『一番星のしずくみたいだ』は生まれた。音楽家に作品の成り立ちを訊いてみた。

**
外:さて、『一番星のしずくみたいだ』ができあがった経緯を訊いていきましょう。
杉:まずギターを買ったんだよ。給付金*が交付されるってニュースで聞いて次の日に買った(笑)。
外:申請する前でしたね?
杉:そうそうそう(笑)。先にね(笑)。
外:しかもそのギター、(給付額の)10万越してますよね(笑)?
杉:あぁもう(笑)、じゅうぶん越してるね(笑)。
外:ハンディー・レコーダーで録ったとあるけどもそれはどんな機械?
杉:昔あった『デンスケ』**みたいなものだよ。最初は、いつものやり方で一応の防音をして、マイク立ててインターフェイスを通してコンピューターに録ってたんだけどなんか違うなと思ってその機械を買って録ってみた。でもやっぱり違う。で、せっかくハンディー・レコーダーなのだからいろんな場所で録ってみようと思って最初に録ったのが1曲目の「Garden」。あれは東京の家の玄関で録ったの。

01【Garden】
外:1曲め、いきなりイントロから歌い出しにかけてバイクが通りますよね(笑)。
杉:そうそう、玄関だからね。いろんな音が入ってくる。で、聴き返してみたらそれがいいんだよね。
外:マグカップをテーブルに置く「こつっ」ていう音も聴こえます。
杉:それはたぶん奥さん(笑)。ふつうに生活してるところで歌ってるの。「これから演奏するからね」と断って静かにしてもらって録ると結局いつもと変わらないんだ。
外:何が「変わらない」の?
杉:つまりそれだとマイク立てて録ってるのと気分的に同じでね。どういうことかと言うと、そこにあるものはぜんぶ受け入れてしまおうっていうことなの。
外:それはいわゆる「境地」的な……
杉:逆に言うと「たまたまそのとき入った音が良かったからこのテイク採用しよう」みたいなね。自分の演奏よりもむしろそっち(環境音)を優先したわけ。
外:本来ならば「あー、バイク通っちゃった! やり直し!」みたいな事故を逆説的に取り入れてしまおうと。
杉:セッションしてると思えばね。
外:! すごいな(笑)!
杉:バンドでもあるじゃん、「今のドラム良かった!」って思ったら多少自分の演奏がわるくてもオッケーみたいな。
外:バイクがドラムのオカズみたいに……
杉:このタイミングで電車来るか! とかね。だんだんそういう世界に突入してった(笑)。

02【Shooting Stars】
外:<つめたい満月/冷たい満月>というワードが2曲連続で歌詞に登場します。
杉:そうなの。今回いろいろ繋いでるの。1曲めと2曲めは<つめたい満月/冷たい満月>で繋いで、次にくる音が「雨」で、その次の「アカツキ第五旅団」は雨の日の浴室で歌ってるの。そんなふうに繋いでいってね。最後の曲の「一番星のしずくみたいだ」の<しずく>が1曲めの「Garden」の<しずく>に繋がってね。そういうことをしてみたの。

03【雨】
外:これはどこの雨?
杉:これは名古屋(実家)。もう母親も亡くなって、家に居たらさーっと雨が降ってきた。廊下の窓を開けてそこにハンディー・レコーダーを置いて録った。

04【アカツキ第五旅団】
杉:これは東京の自宅の浴室なんだけど、雨が降ってる日で浴槽にはお湯が張ってあって湿気が凄くて(笑)……
外:ひどい状況(笑)。よくそんなところにギター持ち込んで(笑)……
杉:浴槽にフタをしてそこにハンディー・レコーダー立てて、お風呂場の椅子に座って弾いて(笑)。あまりの湿気で1回しか歌ってない(笑)。
外:で、この曲は何(笑)? どういう意図で、どういう気持ちで入ってるの(笑)?
杉:コレはQujilaで演ってた曲で、いろいろかたちを変えて。そもそもはコード展開のある曲だったんだけどそれを1コードにしたの。何が起こってもコードを変えずに歌うってことの面白さを発見して、それが楽しくてこれを歌いたかったの。アフリカの民族音楽でシロフォンとかハープとかで1コードと言うか同じシークエンスで延々まわして演奏してくっていうのがあってね。戦士を鼓舞するための部族の曲だったりする。そういうのとちょっと似てて面白いかなって。

 家にはきちんとした録音設備のある音楽家が1台のハンディー・レコーダーを手に入れ、タナボタ的にガットギターを手に入れたところから物語が始まる。ここで起こる録音は、手近なチョコレートか何かの缶の空き箱に走り書きしたメモの紙片を入れておくような行為である。可能であればアルバム『一番星のしずくみたいだ』をご入手の上、この記事を読んでみてもらえると作品をぐっと身近に感じてもらえることと思う。
 次回のUPで続きの楽曲解説とアルバムの背景にあるストーリーの核心に触れていきます。おたのしみに!


*給付金:特別定額給付金。2020年4月20日に「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」として閣議決定。杉林は4月21日に何らかの方法でガットギターの購入手続きを(さっさと)行ったとみられる。
**デンスケ:SONYの<取材用可搬型テープレコーダー>の商標で、製品としては「カセットデンスケ」がある。杉林が今回の録音に使用した<ハンディー・レコーダー>はSONY PCM-D10というデジタル機器で、品番の「D」に「デンスケ」の後継であることが窺える。