スーベニイルノオト

<プロローグ>

ゆっくりと目を閉じ、太陽の光を浴びる。
そして、まぶたの裏側に広がるオレンジ色の世界を眺める。
ゆるやかなリズムで泳ぐ色とかたち。わたしたちはうっとりする。
「あいかわらず、いい眺めだ」
絵の具と古い紙の匂いに包まれた部屋に、少し枯れた叔父の声が響く。

画家をしていた叔父の住居兼アトリエに、
はじめて足を踏み入れたのはいつだったのか思い出せない。
けれどドアを空けた時の感動は今でも鮮やかに覚えている。
幼かったが、ドアを空けた瞬間、新しい風が吹いたことを強く感じた。

絵を見れば声が聞こえ、文字を読めば音楽が降ってくる。
正直に答れば答えるほど、戸惑いとあざ笑いを周囲に誘う子どもだった自分を、
わたしはずっと呪っていた。しかし、叔父だけはそんなわたしに優しかった。
「きみの話はとても興味深い。もっと聞きたいね」と。

彼と過ごす時間が増え、わたしたちは年齢こそ離れていたが、良き友人となり、
日常にひそむ不思議なもの、美しいものについて語り、よろこびを分かち合った。

大学へ通うため、生まれ育った町を離れることを決めた時、
もっともよろんでくれたのも叔父だった。
「新しい旅が始まるんだよ。実にすばらしい」

それから、わたしたちは会う回数も時間も減ったが、
ふたりの空を手紙という渡り鳥が飛び交うようになった。
おもしろかった本、いい映画や音楽、おいしいレストラン、旅の思い出や、恋愛の
格言などなど。
ウィットに富んだ叔父の手紙から学んだことは数知れない。
そんなやりとりが数年続いた後、届いた手紙に気になる言葉をみつけた。

「未来に何を残したいか、考えておくことは大切だよ。
 僕に残された時間は少ないから、そう思うのもかもしれないけれど」

学校を出た後、いくつかの町でいくつかの仕事をしたが、
いつもどこかで、ここは自分の居場所ではない気がしていた。

わたしは何を未来に残せるのだろう。

かたちあるものは、全ていつかは消えてしまう。
けれど、かたちを通じて残せるものがあるのではないだろうか。
なぜなら、かたちの真ん中にあるのは“人の想い”だから。

人が人を思う気持ち。励まし、慰め、祈り。その記憶。
それらを拾い集め、わたしは新しい場所へ送り届けることがしたい。
叔父と、わたしがたくさんの夢をみつけたあの場所で。

「未来に何が残せるかは分からないが、残したいと思うモノはある。
 あのアトリエで、あたらしいことをはじめてもいいかな」
「いいけど、なにするの」「おくりもの屋」

心に小さな波紋を起こそう。
水面に生まれた流れはリボンとなって
いつか誰かの心と心を結びつけてくれるかもしれない。



そうして、始まった“おくりもの屋”の日々を、
わたしは一冊のノート『スーベニイルノオト』に綴ることにした。
この場所をめぐる少し風変わりなモノや人々のことを、いつまでも忘れないために。